top> スポンサー広告 > スポンサーサイト> 活動日記 > 山口・島根豪雨災害の災害ボランティアレポート 詫間芳春編

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

COMMENT

      

post comment

管理者にだけ表示を許可する

山口・島根豪雨災害の災害ボランティアレポート 詫間芳春編

こんにちは  大分の詫間です。

7月28日に起きた山口島根豪雨災害の災害ボランティアへ行ってきました。
その時の感じた事や内容を報告させていただきます。
読みづらいところもあると思いますが、ご容赦ください。


7泊8日で車中泊(ジムニー)

8月1日の午後1時に出発し、山口県萩市須佐のボランティアセンター(以後はボラセン)へ午後7時過ぎに到着しました。ボラセンは暗くなりかけており給水車が1台いて、ここはまだ断水なんだと再認識でした。
ルートは大周りの小郡ICから9号線を日本海の益田まで行って、191号線で須佐です。土砂くずれで通れない道路も結構あったので、分かりやすい道を選びました。土地勘ないし被災地だし安全策です。
出発まえに道路とゴール地点をある程度、頭に入れておいたのでナビはほとんど必要なかったです。
須佐の手前から道路脇のガードレールや歩道に土や草がひっかかっていて、道沿いの数軒のまえには畳や家具が積まれており、ちょっと予想を下回る感じでした。

とりあえず明日の集合場所は確認できたので、晩御飯の確保と車中泊の場所を決めようと手前の田万川方面へ戻ります。ボラセンのすぐ近くのスーパーへ入り弁当をみると、なんと食品棚になんにも無い。地元の方が数人買い物されてましたが、ジュース類も殆んど無いのです。 ここでボラに来た私が買い物をしてはいけないと思い途中のうどん屋で食事、田万川の道の駅で車中泊することに。そこのコンビニは品ぞろえはしっかりしてたので安心しました。

一番の不安は初めての車中泊と作業服の着替えと洗濯でした。
この暑い時期に この狭いジム二ーで寝ることが出来るのか?蚊に刺されるよなぁ~とか。
出発前に後ろのシートを取り外しなんとかスペースを確保。ホームセンターで網戸の網だけ買ってドアを開けて網を外からかけて、閉める時にドアの上下に網を挟むように閉めて窓だけ開ければ、網戸の出来上がりです。
ただ若干の隙間ができるので、蚊取り線香か虫よけを使った方がいいようです。ただし蚊取り線香は煙いです。

初めての車中泊の夜ですが、なにせ暑い。なかなか眠れず、近くの車(たぶんボラ)も暑いのでしょうか、エンジンをかけたり、切ったりです。網戸状態なので外の音が聞こえすぎる。それでもなんとか眠りついたかと思う間もなく、午前2時過ぎから雨が降ってきた。やむをえず網をたたみ車中へ入り 窓を少しだけ開けていると、雷と強烈な雨が1時間経っても止まず、雨の降り方に怖くなり寝るどころじゃなくなり、ずっと外を見てました。視界が効かないほどの雨がとうとう2時間ほど降り、午前4時過ぎに止みました。その後すぐに防災無線から土砂災害警報が聞こえました。このタイミングでいいの?それとも降ってる最中も放送してたけど雨の音で聞こえなかったのか。最初の夜は ほとんど眠れず朝がきたんです。それにこの場所は川がすぐ横にあることは分かってたので余計に怖かったです。 いきなりの洗礼にかなりへこんでると 大雨の為ボランティア活動は中止の連絡がありました。

教訓 
被災地に入る手前で食糧等は準備しておく。
自分のいる場所は被災地であり、再び起こりうる災害に備え高台への避難ルート等を確認しておく。

その日は田万川社協の明日からのためのお手伝いをさせていただきました。
このあたりでは須佐地区と田万川地区が被災しており、見て回りました。
須佐は河口近くの密集した町全体が家の中まで泥だらけです。
一方 田万川は川の上流地区がやられていて、橋が落ちてる所が多く現場へ行くのに山を二つほど越えていきます。そのためボラセンで受付し、マッチングを受けて現場到着がかなり遅くなります。その日はボラセンは活動中止にしてましたが、田万川の現場へ行くと50~70人ぐらいのボラが作業されてました。ボラセンを通さずに直接入られる方、萩市に直接交渉し入る方などがおられたようです。どこのボラセンも最初はスムーズにいかないものです。慣れないボラセンスタッフも一生懸命されています。スタッフも被災者です。
被災地に行くと壊れた物に目が奪われがちですが、それは重機の仕事。ボランティアが出来るのはそのお家のかたの話をよく聞いて寄りそいながら家具を仕分けしたり、泥を出したりです。お家の方は避難所で寝起きをしながら現場へ通い、心身ともに疲れてます。そこに見た事も無い人が来るのですから、十分過ぎるほどの配慮が必要です。



教訓
災害ボランティアは、ボラセンの指示を待ち自分勝手に動かない。(混乱する元です ただしボラセンが閉鎖後は独自の動きも)
 
ボランティアは帰って行きますが、スタッフもここで生きていくのです。待つのもボランティアのうちです。


あくる日からは、ボラセンも動きだし須佐で二日間、田万川で二日間活動し津和野へ移動しました。


津和野は当初 地区外からの受け入れをしない方針だったのですが、来た人は断らないと教えてくれたので行ってみました。快く受け入れてもらえました。ここは田万川と似た様な被災状況でした。観光地になってる市街地は大丈夫で上流地区・名賀(なよし)が被災してます。迂回路も無く一般車は通行禁止になっており、どこが元の道路か法面か川だったのかが分からない道路をボラセンのマイクロで送迎です。ここではボラの人数も少なかったです。それでも地元の75歳の元気なお父さんも私の居た二日間一緒に活動されてました。年齢、性別、など何にも関係ないです。気持ちがあればいいんです。力なんて無くてもやれることは気持ちがあれば見えて来ます。お家の方も力仕事だけを期待してるわけではないと思います。話を聞いてくれるだけで少し気が楽になります。

教訓
高校生から75歳までの地元のボラが頑張ってるのを見て、体は鍛えておいて損はないです。
この暑い時期は特に汗が出やすい体にしておくと、熱中症予防につながるようです(水分補給はもちろんです)
力が無くてもやれることばっかりです。

ちょっと後半が掛け足になってしまいました。
不安だった車中泊は最後の二晩ぐらいにやっと慣れた様な感じでした。眠かったら少々暑くても、うるさくても寝れるもんです。洗濯は夕方キャンプ場の水道で水洗いし、干しておいて半乾きのまま車の中へハンガーで吊るしておくと活動後にはバッチリでした。

全体を通して思ったこと
地元や他のボランティアに迷惑が掛からないように配慮が必要です。夜は静かに。お酒で自制が効かなくなる方が時々いらっしゃいます。
温泉などを開放してくれてる所もありますが、被災住民が最優先です。混みあってる時は空いてる時間に。
ボランティアという活動に酔うと、自分が偉くなったように勘違いしてしまいがちです。

してあげるという気持ちでは心が通じ合いません。させていただくという気持ちを忘れずに接すれば心も開いてくれると信じてます。

随分 偉そうなレポートになってしまいましたが、私が全てクリアーできてるわけではありません。
こうしたいと思いながら活動することが大事なんだと今回再認識しました。

最後にボラセンスタッフの皆さんと活動されてるボラへ、大変お世話になりました。長期戦に備えお身体大事にしてください。

大分在住  詫間芳春・和美
スポンサーサイト

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

COMMENT

      

post comment

管理者にだけ表示を許可する

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 阿蘇(郡)・阿蘇(市)情報へ
にほんブログ村

ボランティア ブログランキングへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。